うみうしの下書き ~清書はこれから~

今日中に下書きします、先生!

人に笑われてきた人生だけど、なんとか生きてる

暗かったからなのか変わっているからなのか分かりませんが、私は中学でも高校でも大学でも、一部の人に陰で笑われたり嫌われたりしていました。

 

どの集団に行ってもそうなったということは、私に原因があったんだと思います。それで明るく振る舞おうとしたり、笑顔を心掛けたりしましたけど、性格はそう簡単に変えられませんでした。

 

それどころか、こちらにそんなつもりはないのに笑われたりするのは気分が悪くて、どんどん人の目が気になって、自分を出すことができなくなっていきました。

 

1.笑う人はただ笑うだけ

私は笑われても気づいていないフリをしていたので、私を笑っていた人たちは、私に気付かれることなく笑えていると思っていたことでしょう。そしておそらく、私を傷つけていた自覚もないんだと思います。おまけに今はもうすっかりそのことは忘れてしまっているのがお決まりですよね。

 

私は笑われるというボディーブローを何度もくらって疲れ果てたのに、笑った人にとってはただ笑っただけという感覚。私だけが苦しむ結果が苦しいです。

 

2.きっと気のせいではない

笑われたり悪く言われたりするのは気のせいだと思おうとしたこともありましたけど、きっと気のせいではないです。

 

自分が悪く言われたりしていることになぜか気づいてしまうこと、ありませんか?そういう時だけ勘が鋭くなりますよね。不思議です。本能で自分を守ろうとするんですかね。私もその本能か何かが働いて、自分が笑われているとすぐ分かりました。

 

あと笑っている人の表情で、ただ純粋に面白くて笑っているのか、見下して笑っているのか分かります。私にもそれくらいの区別はつきました。笑われた側は、ちゃんと気付いている。笑う人は、それを分かっていて笑うんでしょうか。

 

3.もしもの話

もし笑われたり悪く言われたりした時に、笑った人に対して私が何らかの行動を起こしていたら、どうなっていただろうと思うことがあります。

 

私がキレて掴みかかったら、怖がられて笑われなくなっただろうか。冷静に問い詰めたら、気まずくなって笑われなくなっただろうか。泣いたら、余計におもしろがられただろうか。いろんな可能性を考えてしまいます。

 

今となっては「どうして笑うの?」ぐらいは質問しておいてもよかったんじゃないかと思っています。今後の参考になりますし。

 

4.今、笑う人はいなくなった

社会人になってからは、笑われなくなりました。私が気づいていないだけかもしれませんが。やっぱり成熟した大人は、人を笑ったりしないんですかね。あと私も少しは変わって、以前よりは愛想が良くなったというのもあるかもしれません。

 

でも未だに悪目立ちしてしまっている感覚はあります。他の人だと何も言われないのに、私が同じことをすると何か言われたりとかありますし。これはもう、どうしようもないんですかね。

 

5.そして考えを変えた

全員に好かれるなんて、無理な話ですよね。どんなに人気な人でも、嫌う人は一定数いると言いますし。仲の良い友達が1人でもいれば、それで十分幸せだと思うようになりました。そう思うようになってからは、だいぶ肩の荷が下りた気がします。

 

昔の私は、全員と仲良くするのが理想だったんですよね。なので、笑われたり悪く言われたりすることで、現実とのギャップに苦しんでいたのかもしれません。

 

それと最近は妙にポジティブに考えられるようになってきて、笑われるということは言動や雰囲気が他人とは違うということなので、クリエイティブな仕事をする上ではその感性が有利に働くのでは?と思うようにもなりました。

 

一部の人に嫌われるのも、何とも思われないよりは人の心を動かしている訳なので、必ずしも悪いわけではないのかなぁと。何もない人に対しては、人って無関心ですよね。嫌いでも何でも感情を持たれるということは、自分にも少しは個性があるんじゃないかという考えです。クセのある人って、評価が賛否両論分かれますよね。それです。もちろんただ悪いだけな所は、直していこうと思っていますけど、使えそうな特性は生かしていきたいです。

 

うみうしの一言

思うままにつらつらと書き連ねただけなので、全然まとまっていませんね…。たまにふと昔のことを思い出してもやっとするので、書いてみました。こうやって気持ちを吐き出すことができて、今は少しすっきりしています。ずっと誰にも言えずに1人で抱え込んでいたんですよね…。私の悪い癖です。

 

ここまで読んでくださった方がいたとしたら、私の戯言に付き合っていただいてありがとうございました。